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かき

2011年09月30日

北海道JR乗り鉄の旅終了




9月18-20で北海道へ行って参りました。






何しにいったかというと、鉄道乗りです。数年前から北海道各地を旅するうちに、JR北海道の路線の9割方に乗ってることがわかり、それならもう全部のってしまおうと、昨年から、路線塗りつぶしを始めてしまったのですよ。






別に鉄道マニアでもないのに。






今年になって、5月に函館を拠点に木古内−江差の江差線と、七飯−大沼−森の函館本線の大沼東側ローカル路線に乗り、6月に釧路-根室の花咲線、新得−富良野の根室本線を塗りつぶして、いよいよ残るは、日高本線と学園都市線及び、苫小牧−岩見沢※追分経由の室蘭本線を残すのみ。というわけで、JR北海道全路線制覇もいよいよ最終局面。一挙に決めてやるとばかりに乗り込んだ訳です。ところが直前になって、東室蘭−室蘭の室蘭本線の盲腸線(正式名称わからず、だって鉄オタじゃないから)を見落としていたことが発覚。やむおえず、初日の宿泊先を急きょ、札幌から室蘭に変更。涙。以下、旅程を列挙。9月18日(日)16:00発のANA071便で千歳空港へ17:30千歳空港着千歳空港でスープカレーを食べて、1時間ほど時間をつぶす。






18:34-18:37 新千歳-南千歳18:45-19:37 南千歳-東室蘭19:50-20:30 東室蘭-室蘭室蘭の駅前ビジネスホテルに宿泊。室蘭というと、港のコンビナート地帯というイメージがあったので、川崎とか愛知の東海市みたいな雰囲気と思っていたのだが、実際は自然豊かなのどかな港町。






工場はあちこちに分散しているようで、あまり工業地帯というイメージはない。町も東室蘭の方が発展してるようで、特に何もすることなく早めに就寝。翌19日(月)06:12-07:39 室蘭−苫小牧6両編成ぐらいなのにワンマンカーという豪快な編成に驚く。08:03-09:39 苫小牧-静内けっこう鉄の人たち及び行楽老夫妻たちで車内はにぎやか。終点の様似まで行かず、いったん静内で下車。ここでレンタカーを借りて、襟裳岬へ。様似からバスで行くのが普通だが、時間がタイトだったので、このような選択に。降りたとたん、肌寒さを覚える。






何も考えず、長袖のシャツ1枚で来たのが間違いだった。






車に乗りこんだあと洋服の青山を見つけて駆け込む。バーゲンワゴンに600円の薄手セーターを見つけたので購入。セーターが600円…。デフレ日本だなあと、しみじみと思う。そのまま車を100キロほど走らせて襟裳岬へ。襟裳岬では、とりあえず、吉田拓郎が歌う方の「襟裳岬」を口ずさむ。私のカラオケの定番なので仕方ない。昼食にレストハウスの「襟裳岬ラーメン」を注文。






期待してなかったのだが、海鮮系のだしが奥深い塩ラーメンで、思いの外美味。






この手の土産物屋さん系の食堂のラーメンとは思えないレベルの美味しさで、意表をつかれる。この後、岬に棲息するアザラシが望遠鏡で見られるという誘い文句に惹かれ、「襟裳岬 風の館」へ入館料をはらって入る。






入って目についたのが、強風をシミュレーションできるというブースに描かれた萌えキャラコンビ。最近の北海道は、萌えキャラが乱立していて油断できない。望遠鏡でアザラシのかわいい生態が確認できたので、満足して、車に戻る。2時間強ぐらいの時間で、静内へ。静内で車を返して、再び日高本線に乗り込む。16:30-18:00 静内−様似到着した頃は、とうに日が暮れ、あたりはもう真っ暗。特にすることもない上、暇をつぶす店もないため、駅で発車を待つ。18:27-21:27 静内−苫小牧苫小牧は落ちついた地方都市といった感じ。






店も適度にあり、あまり猥雑な感じとかない。王子製紙のでかい工場とがあって、企業城下町っぽい雰囲気。とりあえず、「苫小牧発〜仙台行きフェリー〜」と拓郎の「落陽」を口ずさみ、ホテルにチェックイン。居酒屋でイクラご飯たべて、焼酎飲んで、さっさと寝る。翌9月20日(火)08:37-10:07 苫小牧-岩見沢10:31-11:13 岩見沢-滝川滝川から次の目標駅・新十津川まで4キロ弱ぐらいなので、歩いて移動。滝川は延々とシャッター街が続く。昔はかなり栄えていた街だったことが見受けられるだけに、より寂寥を感じさせる。石狩川の橋をこえると新十津川町。






司馬遼太郎の「街道を行く・十津川編」を昔読んでいたので、この町のことは少し知っていた。明治期、奈良県の十津川郷が、土砂災害で壊滅的な被害を受け、このまま全員が残っては復興できないということで、郷村の住民の1/3がこの地に移住し、開拓したのだという。なんでも北海道でもっとも成功した開拓村の一つだそうだ。そんな予備知識を持ちながら町を歩てみると、気のせいかもしれないが、町になんとなく風格があるようにも感じられた。町全体になんともいえない明るい雰囲気が漂い、歩くだけで気持ちがゆったりしてくるようなたたずまいがあるのだ。新十津川の駅は無人駅であったが、駅舎のまわりには花が植えられ、なんとも風情のある情景となっていた。気持ちのよい駅舎にしようという意志がなければ、こんな雰囲気は生まれない。やってきた電車からは、鉄とおぼしき方々が3名降り、そのうち2名は別々に歩き出し、残り1名は電話でタクシーを呼び始めた。






皆、滝川へ行くということなのだろう。一日に3本しか走っていない!12:57−14:18 新十津川−石川当別14:30−15:13 石狩当別−札幌学園都市線というのは最近の呼び名ということで、昔は札沼線といったらしい。沿線はひたすらのんびりした田園風景。






途中、いくつかの駅で学生さんたちが乗り込み、石川当別近くではけっこうにぎわい出す。15:13 時間どおり札幌に到着。これにて北海道JR全線塗りつぶし完了。は〜終わった終わった…と、札幌JRインにチェックインしたところ、故郷名古屋が台風の影響による雨でえらいことになってることを知る。名古屋の実家は庄内川のほとり。避難勧告がすでに出ているとのこと。あわてて、母に連絡を入れたところ、すでに姉宅に避難しており、やや安心。庄内川決壊で家流されたらえらいことになるな…と思いつつも、北海道では何かできる訳でもなし。






仕方なく、ひとり酒でJR北海道全線乗りつぶしの祝杯をあげるべく、すすきのへ繰り出すことに。






翌日9月21日(水)午前8時の飛行機にて羽田に向かう。午後11:00以降の羽田行きの飛行機は台風の影響によってすべて欠航してしまったので、けっこうきわどいタイミングで東京に戻った形になる。まったく危ないとろこでした。




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北海道JR乗り鉄の旅終了
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