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かき

2011年05月30日

「お好み焼きふるまい隊」報告(その3)




(5月14日)ラジオ体操後、本日の食事当番だった私たち5名とボランティア参加者の3名で、朝食の準備に取り掛かりました。前夜から翌朝の朝食は「きずな館」の食料貯蔵室に置いてあった、第8陣の人が“賞味期限が少し切れています。早く使ってください”との張り紙がしてあった真空パックの「お餅」で、雑煮を作ることにしてありました。






クロコシ隊長は奈良県出身なので、当然のように真空パックから出した四角いお餅をコンロで焼き始めました。アイコ隊員と私は(シモチャン隊員の好みは分かりませんでしたが)、“名古屋風の焼かずにお餅を柔らかく煮た雑煮が食べたいなあ〜”と思ったのですが・・・。私は関西(奈良に嫁いだ妹の話)や九州(私の知っているのは島原地方だけですが)などでは、焼いたお餅を使うと聞いていましたが、焼いてから汁の中に入れて煮るのだとばかり思っていました。しかし、焼いたお餅を各々持参の容器にいれて、作ってあった白菜などの野菜入りの汁を入れてから食べるのでした。私は生まれて初めて焼き餅の雑煮を食べましたが、お餅のコゲた匂いが食欲をそそり美味しかったです・・・・が、「名古屋風雑煮」も食べたかったです!!まずは「RSY」のボランティア仲間達に先にお雑煮を食べてもらい、我々は7時20分頃から台所で慌ただしく食べてすぐに片付けをしました。その日に「お好み焼き」をする会場「七ヶ浜国際村」は、私達が泊まっていた「きずな館」から車で10分ほど離れたところにあります。どんな場所でするのかも分からなかったので、食後すぐに昨夜準備したタレや野菜、プロパンガスなどを車に積み込んで8時30分に出発しました。「七ヶ浜国際村」は平成5年に開館した、舞台の後ろに海が見えるというユニークな600席のホールや、資料館などがある複合施設です。






(添付写真1)舞台の後ろがガラスになっていて、背後の仙台湾の海が見える構造になっているというホールには入らなかったので、残念ながら現物は見ていません。添付写真のホール外は「水に浮かぶ円形野外劇場」で、私たちはこの横で「お好み焼き」を作りました。






写真を見ても分かるように「七ヶ浜国際村」の建物はすごく立派で、平成10年には「日本の公共建築百選」に選ばれています。建物の中にはセミナー室などの部屋が何室かあり、今はそこに避難した人達が約200世帯住んでいるのです。「水に浮かぶ野外円形劇場」横のセミナー室などがある建物の軒下に、「お好み焼き」の台を置き8時40分から5人で準備に取り掛かりました。






幸いなことに建物の中に「料理教室」として使用する部屋があり、アイコ隊員・シモチャン隊員・サトコ隊員の女性陣はその部屋で「お好み焼き」の「汁」を大きな寸胴鍋いっぱいに作りました。細かく刻んだキャベツとネギを「汁」の中に入れて、かき混ぜてから焼く「大阪風」のお好み焼きを作ったのです。クロコシ隊長は“本当は「広島風」のお好み焼きを作りたいけど、早くたくさん作るには「大阪風」の方がいいのです”と言っていました。写真(2)の「お好み焼き用・ガス台付き鉄板」はクロコシ隊長が施設でのバザー模擬店で使用するため、10数年前に中古調理器具店で1万円で買ったものだそうです。今までにこの鉄板で何千枚のお好み焼きを焼いたのか分かりませんですが、今回は二日間で「716枚」のお好み焼きを一人で焼きました!!クロコシ隊長が焼き出したら、女性陣3名は「天かす」「カツオ節」「生タマゴ」「豚肉」「青のり」「紅ショウガ」などを乗せる役でテンテコ舞いでした。私はもっぱら出来たお好み焼きをアルミホイールで包み、発泡スチロールの箱に詰める役でした。10時に1回目のお好み焼き22枚(一度に持参の鉄板で18枚、現地で借りた鉄板で4枚を焼けます)が完成し、それからどんどん作って発泡スチロールの箱の中に貯めていきました。11時05分には100枚を超えました。






最初に出来た50枚はボランティアセンターの担当者が「七ヶ浜国際村」まで取りに来てくれ、一緒に名古屋から行ったボランティア仲間にも私達が作ったお好み焼きを食べてもらうことが出来ました。夕方にボランティアセンターへ戻ったら、センターの係員や帰っていたボランティア仲間から“お昼に「お好み焼き」を頂きましたが美味しかったです!!タレがすごく良かったです!!”との嬉しい言葉をかけてもらいました。






11時半頃から「七ヶ浜国際村」の係員が構内マイクで、避難者たちが住んでいる部屋ごと“お好み焼きが出来上がりました。○○室の人は取りに行ってください!”と放送してくれたので、混雑することもなく避難者の方達に渡すことが出来ました。そして12時45分に最後のお好み焼きが焼き上がり、用意したその日の材料は全て無くなりました。初日に作ったのは「376枚」でした!!(正直、300枚以上のお好み焼きを3時間で焼くには5名では足りませんでした。翌日はボランティアセンターのそばで行なったので、若いボランティアの男女3名が手伝ってくれ大助かりでした。)そして12時50分から、ようやく私たちも作ったばかりのお好み焼きを食べることが出来ました。「水に浮かぶ円形野外劇場」横の芝生に座り込んで、皆で食べたお好み焼きはいつにも増して格別に美味しかったです!!お好み焼きを食べた避難者の方が“お好み焼き美味しかったです!”と、わざわざ言いに来てくれたように、クロコシ隊長が前夜に作った“秘伝のタレ”が美味しさの秘密でした。その後、「お好み焼き」道具類の片付けや調理器などを洗いました。






朝、「国際村」に着いた時にシモチャン隊員が“14時から「綿菓子」も作ります!!”というチラシを書いて、お好み焼きを作る会場に貼ってくれていました。それを見た子供たちから“ワッ〜!綿菓子もあるんだ!!”という嬉しい声を聴いていました。それで私はお好み焼きを食べてから「綿菓子」の準備に取り掛かりました。テーブルの上に大きなダンボール箱から取り出した綿菓子器を置いたら、すぐに5〜6人の子供たちが集まってきました。子供たちには“14時から始めるのでほかで遊んでいて、もう少し待ってね!”と頼んだらおとなしく引き上げてくれました。綿菓子を作る時間は1時間ほどでしたので、用意してあった50本の割り箸を割って、まずは100本の棒を作りました。私は昭和53年に姉がお世話になっている施設が出来た時から、毎年11月3日のバザーでは綿菓子の担当で、年に1回だけですが30年以上の経験があります。1時間では100本くらいが限度なのです。






13時50分を過ぎた頃からまた子供たちが集まり始め、“私が一番だ!”と「綿菓子器」の前に並び始めました。それで、14時まで待つ理由もないので綿菓子を作り始めましたが、皆んなニコニコしながら綿菓子を受け取ってくれました。






(写真3)子供たちの受け取りが一巡した頃からは、50年〜60年前の子供たち?が“綿菓子とは懐かしいですねえ〜”と寄ってきてくれました。






“縁日などで綿菓子はいつでも売っているけんど・・・恥ずかしくて買えないもんね!綿菓子、食べるのは何十年ぶりかな?”と、子供たち以上に喜んで受け取ってくれました。






15時には割って準備した「割り箸」が無くなり、それから2本だけ作ったので、初日に作った綿菓子は「102本」となりました。






溶けたザラメで汚れた綿菓子器をお湯で綺麗にしてから、片付けてあったお好み焼きの道具類と一緒に車に乗せて、「きずな館」に戻ったのは15時30分でした。






「きずな館」から徒歩で2分くらいのところに「温水プール」の建物があり、さすがに今は温水プールは使用できませんが、ブールを出てから使う「温水シャワー」が17時まで使用できると聞いていました。それで帽子もかぶらずに(持参するのを忘れ、翌日は炎天下のお好み焼きと綿菓子作りで真っ赤に日焼けしてしまいました)綿菓子を作っていたので、頭まで綿菓子の細い砂糖の糸がくっついていたので直ぐにシャワーしに行きました。シャワーでさっぱりしてから、今夜の夕食まで私達のグループと3名のボランティア仲間が食事当番だったので、16時15分頃から夕食の準備に取り掛かりました。なお、クロコシ隊長とサトコ隊員は翌日の「お好み焼き」の材料を買いに出掛けました。当初の予定では2日間分の「お好み焼き」材料を全て持参することになっていましたが、事前のレスキュー・ストック・ヤードとの打ち合わせの中で、七ケ浜町の隣りの多賀城市(車で10〜20分くらい)の大きなスーパーや生協の店などで何でも売っていると聞きました。それでクロコシ隊長は“どうせ買うんだったら、愛知県で買うよりも現地で買ってあげた方が地元のためになる!と、1日分だけしか用意してなかったのです。15日(日曜日)の夕食の献立は「具たくさんシチュー」を作ることになり、女性陣やボランティアの若者がニンジン・ブロッコリー・白菜など貯蔵庫に置いてあったいろんな野菜を切りました。私は相変わらず「マイ包丁」を握らせてもらえず?、大きなアルミ鍋にミニソーセージをいっぱい入れて炒め、そこにカットしてくれた野菜を硬い順に入れて炒めました。






シチュー以外に「ポテトサラダ」もいっぱい作りました。また、ボランティアセンター「きずな館」へ手伝いに来てくれている地元のおばさん手作りの「玉ねぎスライス・ゴマ入り酢」も一緒に出して、お昼の活動でお腹を空かしたボランティア仲間に食べてもらいました。






18時30分頃に全員の夕食が終了し、19時過ぎから「反省会」が始まるので片付けをしました。




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